UMの雑記帳

勉強日記とロールズとか政治学とか

ロールズ研究史①S. Hampshire, A New Philosophy of the Just Society

久々に投稿。先月の某学会での報告がおわり少し余裕できたのでこちらもぼちぼち投稿していきます。書きかけのがたまっています。

今年はロールズ生誕100年、『正義論』刊行から50年の節目の年です。自分が直接関わっているものはないですが、いろいろと企画が進んでいると思います。

その記念すべき年を寿ぐ一環として資料の整理もかねてざっくりと時系列でロールズ研究(書評、論文、書籍)と研究者を紹介していきます。たまに前後するかも。
まあ、ここで整理をやっとかないとどこに何があってがわからない、pdfにしとかないとというものもあり、その動機づけに。

まず第1回目はStuart Hampshire, “A New philosophy of the Just Society” New York Review of Books, 1972.
『正義論』は前年末の刊行で、2月の書評ですから最も早い時期のものです。ハンプシャーは21年後には同誌に『政治的リベラリズム』の書評を書いています。

まずハンプシャーをざっくり紹介。
ハンプシャーは、倫理学・道徳哲学、政治哲学界隈で名前は知られていますが…という感じでしょうか。スピノザ研究(中尾隆司訳『スピノザ昭和堂、1979)や心の哲学方面では著名なようです。
むかしバーリンの『自由論』の自由意志関連のテクストを読書会したときに論文を参照した記憶があります(ほとんどわかりませんでしたが)。

1982年に原著、邦訳が2019年にでたセン&ウィリアムズ編『功利主義をのりこえて』後藤玲子監訳、ミネルヴァ書房に、「道徳と慣習」(児島博紀訳)が収録されています。
これは、Morality and Conflict, Basil Blackwell, 1983.(既刊論文の改訂、再録中心)の第6章でもあります。本書が道徳哲学分野での代表的著作でしょうか。
ロールズの「合理性」への批判など(「道徳と慣習」訳204-05頁)、時代、地域・文化を超えた普遍性の探究に懐疑的で、価値の多元性を重視し、バーリンに近い、しかし異なるスタンスをとっているようです(7章 “Morality and Conflict” p. 159)。

政治思想系の研究論文はあまり多くはないですがPeter Lassman, Pluralism and Pessimism, History of Political Thought. Vol. 30, 2009ではバーリンロールズとの異同が論じられており、個人的にも今後もう少し深掘りしてみたい思想家でもあります。
最近はEdward Hall, Value, Conflict, and Order: Berlin, Hampshire, Williams, and the Realist Revival in Political Theory, Cambridge University Press, 2020.(未読)という本がでていて、political realism方面で注目されつつあるのかなと。

自分の関心に近いところだと、Innocence and Experience, Harvard University Press,1989.における正義についての考察は歴史、思想史についての該博な知識と、自身の知的遍歴(ハンプシャーは1914生まれ、ナチズム台頭とマルクス主義隆盛のなかで30年代のオックスフォードを過ごす)のふりかえりもあわさった壮大な著作。

Justice is Conflict, Princeton University Press, 2000.ロールズ的な政治哲学への批判的立場が鮮明です(とくに名指しされませんが明らかです)。

紹介が長くなってしまった。
この書評は3節構成です。まず1においては哲学史をふりかえりながら、またとくに懐疑主義の系譜、分析哲学におけるそれをロールズがいかに避け得たかを論じています。近年、ロールズによって(英米圏の)政治哲学が復興というやや単純なストーリーは修正されつつありますが、やはり当時の状況において、『正義論』という作品が当時の人たちにあたえたインパクトは重大なものなのでしょう。
ロールズの理論的特質を整理しつつ、それが違う文化や伝統にも適用可能か、そういうことを意識しているのかを暗に批判するように論を進めていきます。先に挙げた文献における読みにもつながっています。

2では具体的な批判がはじまりますが、値することdeservingについてのロールズの見解への疑問が主眼です。ロールズが才能、能力、生まれつきのendowmentの道徳的恣意性についての議論の恣意性が問題にされています。

3ではロールズによる「正義」を社会正義の第一の徳とする見方が極めて限定的なものでしかなく、人間がもつべき特性や目的、望ましい生き方といった見方、ロールズがいう完成主義が、歴史的にみても、道徳感情の心理学にてらしても支持されうるとします。
またロールズの合理的な人生計画と善の定義を驚くべきもの(人間において重要な徳や目的は?)とし、ロールズにおいては、秩序だった社会の特徴として正義が語られ、徳の議論はなく、最後の数章、つまり第三部の議論も、正しい行為を、人格の善性に優越、独立させていて成功していないとします。

ロールズに対しては、その秩序だった社会の抽象性やアメリカ社会の現実(企業の権力や秘密警察、マスメディアなど)へ注意が払われてないこと、市民のより完全な政治参加へのとりくみがないことなど、フェアとはいえない批判がなされうるが、それに対してロールズは正義についての理論的再構成で答えるであろう、彼は政治科学の実行可能性practicalitiesや民主主義理論に関心はないとします(あくまで抽象的、理論的な立場にとどまるということ)。

最後に、ロールズ分析哲学は実質的な道徳、政治哲学に貢献しえないという評価を跳ね返したとして書評を締めていますが、全体として醒めた評価だと思います。