UMの雑記帳

ロールズとか政治学とか

フリーデン『リベラリズムとは何か』①ほかの翻訳、関連文献紹介

先日刊行された、マイケル・フリーデン『リベラリズムとは何か』、山岡龍一監訳、寺尾範野・森達也訳、ちくま学芸文庫
購入したけどしっかり読む時間がなかなかとれず。とりあえず関連文献紹介だけして、1章ずつ読んだら追記していきます。
原著が出たときに読み、翻訳を期待してましたが、まさか文庫版で出してもらえるとはありがたいですね。
日本語で読める自由主義/リベラリズムのコンパクトな概説「本」はながらく「ちょうどいい」のがなかったと思います。価格、入手しやすさもふくめ。

ジョン・グレイ『自由主義』(初版の訳)昭和堂
藤原保信『自由主義の再検討』、岩波新書
などがありますが、グレイはひとつの概説としてよいとして、藤原のは、とくに後半にかけての展開に注釈が必要ではないかと。
法哲学では井上達夫『自由の秩序』岩波書店がありますが、概説を意図した構成、バランスではなく、またクセがあるので、とりあえずこれ~と紹介、薦めるわけにもいかず。
フリーデンのは読み通し、消化するのそれなりに大変かもしれないが、歴史的展開と現在のリベラリズムの幅、重層性をきちんと把握するために非常にすぐれたものであると思います。

なおフリーデンはおなじA Very Short IntroductionシリーズからIdeologyも出しているのでこちらも翻訳されたらうれしいですね。

きょうは、すでに翻訳のあるものとフリーデンの研究のうちイデオロギー研究に関連した文献を紹介。

フリーデンの翻訳としては知る限り本書が3つめ。ほかにあれば教えてください。
1つは『権利』玉木秀敏・平井亮輔訳、昭和堂、1992年(原著1991年)。
リベラリズム』同様、すぐれた交通整理という感じで、つまみ食いしかしてなかったことを反省。

序文「権利について提出された論拠が真か否かということより、権利の概念が政治言語において果たす役割をイデオロギー的に解読することに重点を置いている。本書の目的は、権利理論を構築することではなく、権利理論を構築する人々の第一次的な思考活動を素材として使用し第二次的に分析することである。このような分析は政治理論の果たすべき主要な任務である」

2つめは「政治的に考えることと政治について考えること:言語、解釈、イデオロギー」(蛭田圭訳)、
デイヴィッド・レオポルド、マーク・スティアーズ編『政治理論入門:方法とアプローチ』山岡龍一・松元雅和監訳、慶應義塾大学出版会、2011年(原著2008年)。
イデオロギーは、哲学者であれ文化的エリートの一員であれ、素晴らしい知的能力ないし修辞的能力のある個人によって言葉にされるかもしれない。しかし、グラムシが主張した通り、イデオロギーは「大衆」ないし今日では一般公衆と呼ばれるかもしれない人々が社会的世界について抱く閃きや見解の結果でもある。
こうした、より広い非エリート主義的な社会的、政治的思考の諸領域を巻き込むことは、それ自体で価値ある学問的実践であり、政治思想研究を「民主化すること」である。
イデオロギー研究は、良質な思考を真剣にとらえるのと同じくらい、政治について普通に平均的に考えることを真剣にとらえるような政治思想分析の第一級の実例である」(pp. 210-11/訳305頁)

フリーデンについては、『リベラリズムとは何か』の訳者の1人で解説を執筆された寺尾範野先生が、「イデオロギー研究は「政治における正しさ」について何をいいうるか:マイケル・フリーデンの諸研究を通して」を、田畑真一・玉手慎太郎・山本圭編『政治において正しいとはどういうことか:ポスト基礎付け主義と規範の行方』、勁草書房、2019年に書かれていますので、フリーデンの理論的営為の一面を知りたいかたにはおすすめします。

イデオロギーについては、たとえば
テリー・イーグルトン『イデオロギーとは何か』大橋洋一訳、平凡社ライブラリー、1999年。
冒頭、イデオロギーの16の意味・用法を列挙しています。とくにフーコー的な権力-イデオロギーの見方への異論は参考になりました。
1、2、7章だけでも読んでおく価値のある本。

政治思想系で手元にあるのは2つ。
ジョン・プラムナッツ『イデオロギー:その意味と政治的効用』田中治男訳、福村書店、1972年(原著1970年)。
かなり時代を感じる構成ですが、だからこその意義もある。6章「イデオロギーの政治的効用」はこの数年の事象の分析にも有用かもしれない。

アンドルー・ヴィンセント『現代の政治イデオロギー』重森臣広監訳、昭和堂、1998年。
講義をもとにした、おもに8つのイデオロギー「ズ」を論じており、第1章ではイデオロギー自体について検討。
「…われわれはイデオロギーを現実と世界の構想であるとみる。われわれはこうした構想から完全に身をひくことなどできないし。各構想を厳格な第三者として比較することもできない。われわれにできることは、せいぜい複数の世界の比較である。イデオロギーは、なにか客観的で実在的なものとならんで存在するのではない。むしろ、イデオロギーは、現実世界の巧妙な構成要素である。
・・・イデオロギーの研究そのものは、われわれの理解のスキームを別のスキームと自覚的にむすびつける試みである」29頁。
2009年には第3版がでており、どのようなアップデートか気になるところ。